人工衛星の姿勢制御のための小電力マイクロ波エンジンの研究開発

佐鳥  新(北海道工業大学応用電子工学科/助教授)
岡本 博之(潟Aストロリサーチ)         

背景・目的
 現在、宇宙産業業界では、従来の静止軌道に大型の人工衛星を打ち上げるスタイルから、イリジウムに代表されるような小型衛星を低い軌道に複数打ち上げてネットワーク運用をするスタイルに変化しつつある。この変化に伴い、ヒューズ社などアメリカの大手衛星メーカーでは人工衛星やコンポーネントを量産化する体制を構築し、人工衛星の本格的な国際競争時代に入ったといえる。そこで我々は小型衛星をターゲットとし、それに搭載不可欠な姿勢制御用エンジンとして提案者が宇宙科学研究所勤務時代に培った技術を応用した小電力マイクロ波エンジンを開発し、潟Aストロリサーチと共同で国産技術で対抗することを最終目標とする。本提案ではその第一段階としてエンジン作動の仕様決定までの仕事を行う。
内容・方法
 この小型マイクロ波エンジンは、リング状の磁石の内側でキセノンガスをマイクロ波放電でイオン化する。磁石の内側(=放電室)では電子サイクロトロン共鳴(ECR)を満足する磁場強度と、電子の閉じ込めの狙った湾曲磁場が形成される。放電室上流面の陽極と下流に設けた陰極との間に電圧を印加し、それにより形成された電界でイオンを加速する。放電室下流にはエンジン全体の電気的中性を保つための電子源としてビーターを設ける。このエンジンはイオンシース内で加速するタイプのいわゆるイオンエンジンとは加速方式が異なっており、イオン電流の空間電荷制限が存在しないことが特徴といえる。そのためエンジン自体を非常にコンパクトに構成できるメリットがあり、これは提案者ら独自の方式である。  エンジン本体は真空チャンバー内に設置され、加速されたイオンビームをエンジン下流に設けたイオンコレクタで収集することにより、イオン生成コストと推進剤利用効率と呼ばれる指標を評価する。実験では推進剤流量、マイクロ波電力、エンジンの形状をパラメータとして性能評価を行った。
結果・成果
 今回の研究開発により、新型電気推進「マイクロ波エンジン」の作動を実証することができた。各種のパラメータを変えて実験を行った結果、次の2つのタイプ(タイプA、タイプBと呼ぶ)のエンジンが性能がよいことがわかった。両タイプとも磁場形状は同心円のリングカスプ磁場であり、イオンビームを放出する口径がタイプAでは直径17ミリ、タイプBでは直径10ミリとそれぞれ異なっている。  エンジンの性能を評価する指標として、イオン生成コストと推進剤利用効率を測定した。イオン生成コストはマイクロ波電力をイオンビーム電流で割ったもので、ビームとして利用されるイオン1個を生成するのに必要なエネルギー(単位eV)を表す。推進剤利用効率は燃料として注入したキセノンガスのうち、イオンビームとして有効に利用された割合を示す。今回の実験ではタイプAの場合でイオン生成コスト150V、推進剤利用効率90%の性能が得られた。これは従来の大型のイオンエンジンと比較しても世界最高性能に匹敵する値といえる。  次に、スラスタの性能について検討した結果、タイプAは電力30Wのレンジが、タイプBは20Wの電力レンジが最適作動点であることがわかった。この時のそれぞれの性能は、タイプAの場合は、電力33Wの時に、比推力1615秒、推力0.79mN、推進効率19%となり、タイプBの場合には、電力22Wの時に、比推力1256秒、推力0.36mN、推進効率10%となる。マイクロ波素子(FET)の効率の及ぼす影響に対する検討結果として、特に低電力の場合には推進性能に対し大きな性能改善効果が期待できることがわかった。
今後の展望
 本研究により、新型電気推進「マイクロ波エンジン」の最適作動条件を実験的に調べ、タイプA(30W級)、タイプB(20W)の2種類について当初の目標であった仕様決定を行うことができた。年度内にはプロトモデルの製作までを行い、来年度からは製品化と販売を行う予定である。特にこの分野では、販売相手が主に海外の宇宙メーカー及び大学・国立研究所であるめ、日本国内の景気の影響を殆ど受けることなくシェアを拡大できるため、道内での新たな産業の創造にも大いに貢献できると考えられる。