生活習慣病危険因子保有者の心血管事故予測、運動療法の効果

沖田 孝一(北海道大学医学部高次診断治療学専攻/研究生)
西島 宏隆(札幌市中央健康づくりセンター/所長)    
村上  猛(北海道大学医学部臨床検査医学講座/講師)  
北畠  顕(北海道大学医学部高次診断治療学専攻/教授) 

背景・目的
 近年の研究により心血管事故は、動脈壁の硬化病巣の不安定性から起こること、そしてその不安定性の本態は炎症であることが明らかになった。海外研究では、そのmarkerとしてCRPなどの炎症指標が有用である可能性を報告している。
 我々は、心血管疾患危険因子をもつ肥満者において、心血管事故のハイリスク群を予測できる可能性のある新しい血液marker(CRP; C-Reactive Protein, SAA; Serum Amyloid A protein)がどの程度の分布であるか調べ、さらにそれらが、運動療法により改善できるかどうかを研究した。
内容・方法
 対象:肥満(BMI25以上)を有する健診受診者で運動療法プログラムへの参加希望者  方法:運動療法には、あらかじめ測定した最大運動レベルから算定した亜最大有酸素的運動(エアロビックダンス、自転車エルゴメター、トレッドミル、エアロクライム)を用いた。一回30-60分、毎週2日、トレーニング期間は9週間とした。また、各自自宅にても同様の運動を週1回は行ってもらうように指導した。運動療法の前後で以下の項目により健康状態、危険因子を評価した。
A.血液検査1)血液一般、生化学一般、2)脂質(一般):総コレステロール、中性脂肪、HDL、3)脂質(特殊): apoB、 LDL、LDL亜分画、4)糖代謝:HbA1c、インスリン、インスリン抵抗性の評価(HOMA-R)、5)炎症指標:高感度CRP、SAA、白血球分画、6)易血栓性の評価:PAI-1、 tPA、 fibrinogen
B.超音波法およびインピーダンス法による体脂肪率の評価
C.自転車エルゴメターによる体力の評価、安静時および運動時の血圧、心拍数
D. アンケート法による栄養素、カロリー摂取状況の評価
結果・成果
 なんらかの理由で効果判定に来られなかった者、測定時に感冒その他疾患に罹患していた対象者は除外した。また、男性の数が極端に少なかったため統計解析から除外した。計107人の女性が解析対象である。CRPと他の心血管危険因子との関係:単変量解析では、CRPは特にBMI(r=0.40, p<0.0001)、apoB(r=0.43, p<0.0001)、LDL(r=0.36, p<0.001) 、HbA1c(r=0.32, p<0.01)、Insulin(r=0.32, p<0.01)と良好な相関があり、他多くの危険因子と有意に相関していた。多変量解析(ステップワイズ)ではBMI(標準回帰係数=0.34, F=13.16)とapoB(標準回帰係数=0.33, F=12.43)に有意に関連していた。
 運動療法の効果:9週間のトレーニングにより、体重(67.3±8.5から64.3±8.4 kg, p<0.0001)、BMI(body mass index, 27.6±2.9から26.4±3.0, p<0.0001)、体脂肪率(31.8±4.2から29.9±4.4 %, p<0.0001)、Waist-Hip ratio(0.82±0.05から0.81±0.05, p<0.05)は有意に減少した。糖代謝では空腹時血糖(100±17から93±13 mg/dl, p<0.0001)、HbA1c(5.2±0.5から5.0±0.5 g/dl, p<0.0001)、Insulin(21.9±22.5から16.0±11.31μU/p, p<0.001)は有意に減少した。血清脂質では総コレステロール(217±32から201±29m/dl, p<0.0001)、中性脂肪(113±78から89±41m/dl, p<0.0001)、LDL-C(135±29から123±27 m/dl, p<0.0001)、apoB(102±21から90±19m/dl, p<0.0001)は有意に減少した。HDLは総コレステロールの減少が大きかったためか変化はみられなかった(61±15から61±15m/dl, p<0.0001)。LDL粒子サイズを推定するLDL/apoB比(1.31±0.13から1.34±0.11, p<0.001)は有意に増加し、電気泳動にても明らかにLDL粒子サイズは増大していた。レプチン(14.4±5.9から9.6±4.8 ng/p, p<0.0001)およびTNF-a(7.69±9.0から3.13±1.9 pg/p, p<0.001)も有意に低下した。PAI-1およびtPAは低下傾向であった。高感度CRP(107±120から72±84 m/dl, p<0.0001)およびSAA(6.3±5.7から4.5±3.9m/dl, p<0.0001)は有意に減少した。
 炎症マーカーであるCRPは高感度で測定することにより特別な意義を持つ。高感度CRPは肥満、脂質代謝、糖代謝と関連しており、日本人においても新たな危険因子として重要な意義を持つものと思われる。特にCRPは他の危険因子に比べより強く肥満に関係していた。
 適切な運動療法により体重は減少し、脂質代謝、糖代謝は改善し、CRP、SAAも有意に低下した。CRPは心筋梗塞、不安定狭心症、末梢血管閉塞を予測するマーカーであることが報告されている。また、最近では脳血管障害の予測因子としても注目されている。従って、運動療法によりCRPが低下することは運動療法がこれら心血管事故全般を予防する可能性を示唆するものと考えられる。
今後の展望
1)高感度CRPを用いて心血管事故のハイリスク群を早期に予測できる可能性が示唆された。
2)運動療法により心血管事故のハイリスク群の発病を積極的に予防できる可能性が示唆された。積極的な運動療法は個人の健康と生命をサポートするだけではなく、将来的には医療費の削減につながると思われる。広く運動療法を普及させることにより国民の健康水準の向上、より健全な社会を築くことに貢献できる。
3)今後は被検者の追跡調査を行い心血管疾患発生の有無を調べる必要がある。これにより高感度CRPの意義が日本人においても確証されると思われる。