中膜平滑筋細胞とのクロストークを介した内皮細胞増殖機構の解明

笹嶋 唯博(旭川医科大学医学部外科学第一講座/教授)
山崎 弘資(旭川医科大学医学部外科学第一講座/講師)
古屋 敦宏(旭川医科大学医学部外科学第一講座/医員)
地野 之浩(大正製薬滑J発研究所/研究員)     

背景・目的
 自家静脈グラフト閉塞の主因は進行性内膜肥厚によるグラフト狭窄で、その発生機序には移植早期に達成される再内皮化の局所的再生阻害による内皮欠損が密接に関係すると推察される。これまで、Prostaglandin E1(PGE1)は再内皮細胞化を促進するが、PGE1に直接的内皮細胞増殖作用がないことを明かにしてきた。また、中膜由来のProstaglandin I2分泌が確認され、内皮再生に中膜平滑筋細胞の存在が関与することが示唆された。本研究の目的は、血管内皮細胞増殖に関する血管内皮細胞ー中膜平滑筋細胞間相互のクロストークを明らかにすることである。
内容・方法
1.雑種成犬の大腿静脈より血管内皮細胞、中膜平滑筋細胞を採取し、初代培養を行った。
2.位相差顕微鏡下での形態学的特徴、Dil-Ac-LDL uptakeおよびマトリゲル上でのtube formationにて血管内皮細胞であることを確認した。位相差顕微鏡下での形態学的特徴、蛍光抗体法でのα-actinの発現にて中膜平滑筋細胞であることを確認した。
3.PGE1の血管内皮細胞直接増殖作用をAlamar Blue assayで測定した。
4.Dil-lipo-PGE1の細胞内への取り込みを倒立型蛍光顕微鏡にて観察し、細胞内の蛍光量をEPICS-XL flowcytometerにて測定した。
5.中膜平滑筋細胞を介した血管内皮細胞増殖作用をtransfilter coculture systemを用い検討した。96マルチプルウエルプレートの下段に血管内皮細胞を、上段に中膜平滑筋細胞を培養し、血管内皮細胞増殖能をAlamar Blue assayで測定した。
結果・成果
1.血管内皮細胞、中膜平滑筋細胞初代培養
 血管内皮細胞はcobblestone appearanceを示し、細胞質内にDil-Ac-LDL uptakeを認め、マトリゲル上でtube formationを示した。中膜平滑筋細胞はhill and valley patternの形態を示し、α-actinは細胞質内に陽性であった。
2.PGE1の血管内皮細胞直接増殖作用
 PGE1添加群と非添加群では血管内皮細胞増殖能に差は認めず、PGE1には直接的血管内皮細胞増殖作用はないと考えられた。
3.Dil-Lipo-PGE1の血管内皮細胞および中膜平滑筋細胞への取り込み
 蛍光顕微鏡下で、中膜平滑筋細胞は5, 50, 250ng/mlの全ての濃度でDil-Lipo-PGE1の細胞内への取り込みを認めたのに対し、血管内皮細胞では250ng/mlのみで細胞内の蛍光を認めた。フローサイトメトリーでは、中膜平滑筋細胞では0.5, 5, 50ng/mlと濃度が増加するほどDil-Lipo-PGE1を取り込んだ細胞数が増加していたが、血管内皮細胞はDil-Lipo-PGE1を細胞内にほとんど取り込んでいなかった。臨床で使用する場合のPGE1の濃度は10〜15ng/mlであるが、中膜平滑筋細胞は臨床使用量でも十分Dil-Lipo-PGE1を細胞内に取り込むことが示された。
4.中膜平滑筋細胞を介した血管内皮細胞増殖作用
 中膜平滑筋細胞と共培養した血管内皮細胞の増殖能は、血管内皮細胞単独培養群に比して有意に高かった。このことから中膜平滑筋細胞から何らかの血管内皮細胞増殖因子が分泌されていることが示唆された。
今後の展望
 現在我々が考えているPGE1による血管内皮細胞増殖メカニズムは、まずPGE1が中膜平滑筋細胞に作用し、中膜平滑筋細胞内のcAMPが増加し、Protein kinase Aがupregulateされる。その結果、核内転写活性が増加し、何らかの血管内皮細胞増殖因子mRNAがupregulateされるというものである。現在このモデルの検証を分子生物学的に進めているところである。また、本研究のような血管内皮細胞と中膜平滑筋細胞間相互のクロストークに注目した研究は、今後、血管の高次機能の解明に寄与していくものと考えられる。