口腔細菌による冠動脈内皮細胞のトリプシン活性誘導について

広瀬 公治(北海道医療大学歯学部口腔衛生学講座/助教授)

背景・目的
 慢性感染症と心疾患との関連が示めされている。歯周病も慢性感染症であり、この原因細菌が心疾患の要因となる可能性がある。そこで、これに対する実験的証拠を得るため、歯周病原性細菌の心臓血管内皮細胞に対する作用、とりわけ血栓の原因のひとつとなるトリプシン活性の産生誘導について解析する。
内容・方法
 成人性歯周疾患の原因細菌であるPorphyromonas gingivalis (P. gingivalis)381を用い、ヒト冠動脈血管内皮細胞(HCAEC) に対する作用、とりわけHCAEC からのトリプシノ−ゲンおよびトリプシン産生の誘導を以下の方法により検索した。HCAEC 細胞は、3〜6代目までのものを用いた。同細胞は、単層を形成するまでシャ−レ中で培養を行ない、その後 P.gingivalis全菌体超音波破砕物、精製線毛および精製リポポリサッラライド(LPS) を添加し、HCAEC からのトリプシノ−ゲンおよびトリプシン産生を測定した。トリプシノ−ゲンの産生誘導はRT-PCRにより、またトリプシンの産生誘導は培養上清をエンテロキナ−ゼにて処理したものをSDS-ポリアクリルアミド電気泳動により展開したものをニトロセルロ−ス膜に転写し、抗ヒト・トリプシン抗体を用いたウエスタンブロットにより検索した。
結果・成果
 P.gingivalisによるHCAEC からのトリプシノ−ゲンおよびトリプシンの産生誘導は、全菌体超音波破砕物および精製線毛において、その濃度および、また作用時間依存的に認められた。そこで、精製線毛による産生誘導機構をさらに検索を行なった。
1)[P. gingivalis線毛はHCAEC に特異的に付着する]
 精製線毛を放射性同意元素[125I] にて標識したものと、非標識の線毛を同時にHCAEC に添加し、付着競合阻害実験を行なった。その結果、非標識線毛添加量に依存し、標識線毛のHCAEC への付着は抑制された。この結果は、HCAEC 細胞膜上に線毛のレセプタ−が存在することを示唆するものである。
2)[線毛の組織付着抑制効果を持つ抗P. gingivalis線毛モノクロ−ナル抗体(EF-3-11) は 線毛によるHCAECからのトリプシノ−ゲンおよびトリプシンの産生を抑制する]
 線毛がHCAEC からのトリプシノ−ゲンおよびトリプシンの産生を誘導することを確証するために、線毛の付着抑制効果を持つ抗体であるEF-3-11 を用い検索を行なった。その結果、EF-3-11 により線毛によるHCAEC からのトリプシノ−ゲンm-RNA 発現およびトリプシン産生は有意に抑制された。
 以上の結果より、歯周病原性細菌であるP. gingivalis線毛は、ヒト冠動脈血管内皮細胞に特異的に付着し、その結果、異常血液凝固促進因子であるトリプシンの産生を誘導することが明らかとなった。このことは、歯周病が心臓局所において血栓形成の大きなリスクファクタ−となりうることを強く示唆するものである。
 尚、本研究の一連の研究において報告者は、本菌線毛がアテロ−ムのイニシャルイベントである血管内皮細胞への単球の付着を促進することを報告した(Microbiology and Immunology, 2000) 。よって、今回の結果とこの報告とを併せ考察すると、歯周病原性細菌であるP. gingigvalisの持続感染は心臓血管系はもとより全身の動静脈において動静脈硬化症ならびに血栓を惹起する可能性があり、さらにはDIC の発症にも関与するのではないかと考えられ、歯周病と全身疾患との関連を考察する上で興味ある。
今後の展望
 今回示したP.gingivalis線毛によるヒト冠動脈血管内皮細胞への作用が、真に線毛によるものであることを確認するには、線毛発現株と非発現株の全菌体を用いて比較する必要があること、またその線毛非発現P.gingivalisがHCAEC に付着しないことを確認する必要があるが、現在、SUNY at Baffalo のPorf. RJ. Genco より、線毛非発現株の恵与をいただき検索を行なっているところである。