ホタテ貝殻中に含まれる有機マトリックスの同定とその生理活性

長谷川 靖(室蘭工業大学応用化学科生物工学/助教授)

背景・目的
 貝殻は真珠層および綾柱層の2層の異なった構造からなる炭酸カルシウムの結晶構造であるが、有機マトリックスタンパクが含まれるためその強度は、純粋な無機結晶の2000倍もの強度を示す。有機マトリックスタンパクについて、いまだ同定がほとんど進んでいないにも関わらず、貝殻真珠層に含まれるタンパク質の生理作用は、皮膚細胞を活性化し、肌の潤いを保つ効果があるといわれている。また新陳代謝を高め、解毒作用に優れること、免疫系の賦活化などの効果もいわれている。一方、材料工学的にみても非常に脆い結晶構造を強固な材料へと変換する貝のもつ能力は、有機、無機物質の混合した積層化材料への可能性を示す。私たちは、ホタテ貝殻蛋白質の同定とその貝殻蛋白質の生理活性作用、さらにはin vitro での炭酸カルシウム合成系を構築し、貝殻の有効利用についての可能性を探っている。
内容・方法
 貝殻に含有されるタンパク質は、その不溶性および含量の少なさから単離しようとする試みは成功していない。そのためここ1、2年において遺伝子クローニングが行われつつある。貝殻中に含まれるタンパク成分の数は明らかではないが、貝殻から抽出された蛋白に対する抗体を作製したところ、この抗体は貝殻に含まれる10数種の様々なタンパクを認識していることがわかった。本研究では、微量タンパク質も認識することのできるこの抗体を用い、発現スクリーニングを行い、貝殻中に含まれる有機マトリックス成分の同定、さらにはその生理活性についても検討を試みた。また外套膜上皮組織より、細胞培養系の構築についても検討を行った。 
結果・成果
(1)ホタテ貝殻中に含まれる有機マトリックス成分の同定
 ホタテ外套膜上皮組織を含む外套膜よりtotal RNAを抽出精製後、SMARTTM cDNA Library Construction Kit (CLONTECH)を用い、cDNAライブラリーを合成後、LamdaTriplEX2TM phage vectorへligation、そして、in vitro packagingを行った。得られたcDNAライブラリーを用い、上記のポリクローナル抗体を用いスクリーニングを行った。およそ80万クローンについてスクリーニングを行い、1つのポジティブクローンを単離した。得られたクローンについてシークエンス解析を行い、ホモロジー検索を行ったところこのクローンはホタテトロポミオシン(貝の筋肉組織に含まれるトロポミオシンは、アレルゲン物質として同定されてきた筋肉タンパク質である。)と非常に高い相同性を示すことが明らかになった。しかしながらこのクローンは全長をコードしていないためさらにRACE法を用いクローニングを進行しておりトロポミオシンかどうかを明らかにする予定である。一方、このクローンによって発現されるタンパクが貝殻中に含まれているかどうかを明らかにするため、このクローンを発現後、メンブラン上において吸着抗体を精製し、再度ウエスタンブロティングを用いて検討を行っている。現在のところ、顕著なバンドとしてその発現を確認することは出来ていないものの更なる検討を進行している。
(2)ホタテ貝殻有機マトリックス成分の生理活性作用についての探索
 またホタテ貝殻を破砕後、3%酢酸溶液に透析し脱灰を行った。残った有機マトリックス成分を用い、抗菌活性作用について検討を行った。種々の大腸菌株を用いその抗菌活性作用について検討を試みたがその活性は認められていない。海洋微生物を入手しその抗菌活性についても検討を予定している。
(3)ホタテ外套膜上皮組織の細胞培養系の構築
 ホタテ外套膜上皮層をいくつかの培地中において細胞培養を試み、いくつかのpH、イオン強度等について検討を行った。初代培養系についてはレンガ状の上皮組織細胞の増殖を認めることが出来たもののその継体については成功していない。
今後の展望
1)スクリーニングによりひとつのポジティブクローンしか単離することができなかった原因として、cDNAライブラリーをオリゴdTをプライマーとして作製したことからタンパク質として発現するクローンが少ないのではないかと考えられた。現在、ランダムプライマーを用いたcDNAライブラリーの作製を試みている。更なるスクリーニングを進行する必要性がある。
2)ホタテ貝殻中に含まれる有機マトリックス成分が示す生理活性作用の検索は種々の評価系へかけることが出来ていない。特に漢方薬として効果が期待されている皮膚細胞に対する作用について調べていくことが今後の大きな課題である。
3)上皮組織の初代培養系には成功したもののその継体には課題を残している。pSV40プラスミドの導入についても検討してみたものの芳しい成果を上げていない。今後、傷害を加えた上皮組織より遊走、増殖中の細胞を単離すべくその検討を試みている。