海洋トキシンの微生物分解とその応用

菊池愼太郎(室蘭工業大学工学部応用化学科/教授)
三浦敏明(北海道大学医療技術短期大学部/教授)
吉田豊(室蘭工業大学工学部応用化学科/教授)
布施一彦(豊浦漁業協同組合/参事)


背景・目的

 我が国の魚介類養殖産業における魚貝毒禍については良く知られているところであるが、特に本道において収穫量の多いホタテガイにおいては貝毒と総称される毒性物質の発生が通年化するとともにその発生量も増大の傾向にあり、これによって単に食品衛生的問題が提起されるのみならず地域経済も深刻な打撃を被っている状況にある。
 以上を踏まえて本研究においては、毒性物質発現の機構に着目して、貝毒発生を生物工学的に防止する方法を開発し、併せて発生貝毒を微生物工学的に除去する方法を確立することを目的とする。

内容・方法

 一般に貝毒と呼ばれている毒性物質(中毒原因物質)はホタテガイ自身によって合成されるものではなく、ある種の海洋細菌や渦鞭毛藻類などの海洋プランクトンを直接の生産者(第一次生産者)とする。すなわちこれら第一次生産者をホタテガイが餌として摂食することによって貝組織内に毒性物質が蓄積され、生物学的に濃縮された後にPseudomonas属やVibrio属などの海洋細菌によってより強い毒性を発現する物質に構造変換され、結果的に貝毒発生に至る。
 以上の観点からすれば、毒性物質の第一次生産者の存在しない環境下でホタテガイを養殖することによって貝毒の発生を防止し得ることが期待され、あるいは毒化したホタテガイをそのような環境に移行して養殖(あるいは蓄養)することによって発生貝毒を減衰あるいは除去し得ることが期待される。
 さらに上記のように貝毒相互の構造変換活性を有する微生物が存在するなら、貝毒分解活性を有する微生物の存在も期待され、さらにはそのような微生物を適用することによって発生貝毒が除去される可能性も期待される。
 以上に基づき、本研究では陸上に設置した水槽に創出した貝毒第一次生産者の存在しない環境下で毒化ホタテガイを養殖(あるいは蓄養)して貝毒の低減を図り、併せて貝毒分解活性を有する微生物を検索・分離して、これによる発生貝毒の微生物工学的除去を図る。

結果・成果

 前述(「内容・方法」)のホタテガイにおける貝毒発生の機構を基に、砂濾過及びグラスフィルター濾過並びにオゾン滅菌してして貝毒の第一次生産者である海洋プランクトンや海洋細菌を除去した海水を供給した水槽中で毒化ホタテガイを養殖(蓄養)して貝毒の変動を測定した。飼料無投与系(対照系)においてはマウス致死法および高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法によって測定される貝毒の減衰は緩慢であったが、無毒藻類(貝毒合成活性のない藻類)を投与した系(飼料投与系)においては貝毒は有意に減少した。特にChaetoceros septentrionalis あるいはEuglena gracilisを投与した系においては貝毒減衰が顕著であり蓄養殖開始後、約3週間で貝毒はほぼ完全に消失した。さらにこれらの藻類を投与した系においてはホタテガイ排泄糞便中に高濃度の貝毒が検出されたことから、ホタテガイはC. septentrionalisあるいはE. gracilis を良好に摂食して糞便排泄が促進され、それに伴って貝毒も排出されて蓄積貝毒が減少する機構が推定された。
 他方、アイナメ消化管から分離したEnterobacter cloacaeの1株を毒化ホタテガイ中腸腺抽出液と混合してインキュベートし反応後に残存する貝毒をHPLC で測定したところ、麻痺性貝毒、特にゴニオトキシン類が完全に消失して、この菌株がゴニオトキシン類分解活性を有することが示唆された。次いでこの菌株を単独で、あるいはこれを上記の通りホタテガイの良好な飼餌となるC. septentrionalis あるいはE. gracilis と共に毒化ホタテガイに投与して数時間蓄養したところ、後者の系において中腸腺に残存するゴニオトキシン類は初期値の40%にまで減少した。以上の結果から、E. cloacae単独ではホタテガイ組織中に取り込まれないものの、C. septentrionalis あるいはE. gracilis が共存するとこれらの藻類の摂食に伴って貝毒分解細菌も中腸腺に取り込まれ、この組織に蓄積されている貝毒(ゴニオトキシン類)を分解する機構が示唆された。事実、E. cloacaeの細胞外殻画分をプローブとする蛍光抗体法によって、投与後にホタテガイ中腸腺に存在するE. cloacaeの細胞量を測定したところ、藻類とともにE. cloacae を投与した中腸腺にこの菌株が高濃度で検出され、上記のin vivoにおけるゴニオトキシン類分解機構に関する推定が支持された。

今後の展望

 以上のように、微生物を用いて毒化ホタテガイからゴニオトキシン類を分解除去し得る可能性が示唆されたが、その生物化学的、酵素化学的機構の詳細は不明であり、また当該微生物の微生物学的特性等に関しても未検討であるので、これらの基礎科学的研究が必須であろう。
 同時に今回は実験室規模で実施した当該微生物による貝毒除去試験の試みを小プラント規模にまで拡大し、実験室規模における試験結果との整合性を確認するなど、本法の実用化(製品化)を目指した各種試験研究の実施が必要と考えられる。