食性が顎関節組織の脆弱性に及ぼす影響に関する分子生物学的検討

溝口到(北海道医療大学歯学部/教授)
矢嶋俊彦(北海道医療大学歯学部/教授)
坂倉康則(北海道医療大学歯学部/助教授)
星幸博(サイエンス・タナカ(株))


背景・目的

 顎関節は、全身の関節のなかでは形態学的、機能的に極めて特殊なものである。顎関節を構成する要素の一つである関節円板が側頭骨と顆頭に介在する繊維性の結合組織である。もし、関節円板が変形、転位、などの器質的な変化を生じると、顎関節の円滑な運動が妨げられ、いわゆる顎関節症(顎関節内障)とよばれる状態を引きおこす。近年、歯科の領域では、顎関節症の発症率の増加と、その若年化傾向が指摘されており、歯科医療全体の大きな問題となっており、顎関節症の発症のメカニズムや原因の解明が待たれている。

内容・方法

 顎関節円板についてもプロテオグリカンコア・タンパク質や糖鎖について生化学的に研究がなされ、大型プロテオグリカンやそれに関連するコンドロイチン硫酸が選択的に圧縮力負荷部位である中央部に局在することが明らかにされている。また、円板における小型プロテオグリカンの分布では、デコリンは円板周辺部に、バイグリカンは円板中央部に多く存在することが明らかにされている。これらのプロテオグリカンの円板における領域差は、組織の複雑な力学的環境要因に起因しているものと考えられるが、プロテオグリカンのコア・タンパク質の正確な局在に関しては、ほとんど知見が得られていない。そこで本研究では、食性の変化が顎関節の脆弱性に及ぼす影響を明らかにするための基礎的データを得るため、結合組織の主要なプロテオグリカンであるバイグリカン、デコリン、そしてバーシカンのコア・タンパク質の局在について免疫組織学的手法を用いて検討した。

結果・成果

 抗バイグリガン抗体に対する反応は、円板全体に比較的弱い、均一な染色パターンが認められたが、最も強い反応は円板後方帯において認められた。この領域では、円形の細胞形態を呈する繊維芽細胞の細胞質に中等度の陽性反応が認められた。また、抗バイグリカン抗体に対する反応は、下顎頭軟骨層、滑膜組織においてもみられた。関節円板のデコリン抗体に対する反応は、バイグリカンと異なり顕著な領域差を示した。すなわち、前方帯、後方帯、前方付着部、後方付着部・下顎頭部を含む周辺部において、強い陽性反応が認められた。特に帯部と付着部の境界において最も強い反応が認められた。円板の上面と下面の染色性を比較すると円板上面の反応性が強い傾向が認められた。また興味ある所見として、円板後方上方部の中央部で染色性がほとんど欠如している領域が認められた。バーシカン抗体に対する反応はデコリンと同様の領域差を示し、円板辺遠部での反応性が強かった。特に強い反応が認められた領域は、円板前方帯と前方付着部の境界部、後方帯下顎頭部であった。後方帯では、軟骨様の類円形の形態を呈する細胞周囲に強い反応が認められたが、デコリンと異なり後方帯側頭部では反応性がほとんど欠如していた。
 有限要素法による顎関節の力学的環境を調べた研究によると、関節円板の中央部では圧縮応力が、辺遠部では引張り応力が付加されていることが示唆されている。このことは、生力学的力と関連するコラーゲン、プロテオグリカンの局在をみた研究の所見ともよく一致している。本研究においても、各種プロテオグリカンの関節円板での局在は顕著な領域差を示した・デコリンとバーカシンは辺遠部に多くバイグリカンは中央部に多く認められた。牛腱を用いたin vitroの実験によると、デコリンの発現は牽引力付加によって促進され、バイグリカンは圧縮力付加によって促進されることが明らかにされている。したがって、本研究におけるプロテオグリカンの領域差は、円板の各領域における機能の違いが関与しているものと考えられた。デコリンの局在についてみると、円板中央部に比較して、辺遠部で豊富に存在することが示されたが、この結果は牛関節円板の生化学的分析結果ともよく一致していた。また、デコリンは、円板中央狭窄帯の他に円板後方帯中央においても欠如していたが、この部位は軟骨様細胞が存在し、alcian blueに対して強い陽性反応を示すことから、ラット関節円板では中央部と円板後方帯中の2つの領域において機能圧を受けていることが示唆された。

今後の展望

 宿主サイドの顎関節のメカニカルストレスに対する抵抗性の低下が顎関節症の発症に大きく関与しているという指摘もなされているが、顎関節症の原因、あるいは発症の正確なメカニズムに関しては不明のままである。今後は、今回の正常ラット顎関節におけるプロテオグリカンの局在に関する研究成果を踏まえ、食性が顎関節の脆弱性に及ぼす影響、メカニカル・ストレスに対する顎関節組織の適応反応、あるいは顎関節症の発症のメカニズムに関して分子生物学的な検討を加えていきたいと考えている。