ゼブラフィッシュを用いたダイオキシン催奇形性の分子構造の検討

平賀武夫(酪農学園大学獣医学部/教授)
寺岡宏樹(酪農学園大学獣医学部/講師)
上野直人(国立岡崎共同研究機構基礎生物学研究所/教授)


背景・目的

 一般のゴミ焼却場を最大の汚染源として毎年、環境中に蓄積し続けているダイオキシン類は性ホルモンと一部構造が類似していて、年々増加している乳ガンや生殖能低下の原因として疑われている他、自然発生奇形との相関が指摘されている。ダイオキシンは哺乳類に口蓋裂を起こすことが知られているが、意外にもその催奇形性の発現機序に関してはほとんど知られていない。今回、最も単純な脊椎動物である魚類の中で、発生学研究の重要なモデルとなってきているゼブラフィッシュ(以下、ゼブラ)を用いてダイオキシンの催奇形性の分子機構を明らかにすることを目的とした。

内容・方法

 本研究ではゼブラを用いて、(1)ダイオキシンの致死作用、催奇形性について、形態学的特徴づけを行う。ダイオキシン類のなかでも最も催奇形性が強いといわれている2,3,7,8-tetrachrolodibenzo dioxin(TCDD)を1/3リンゲル液で希釈して24穴プラスチックプレートに入れ、受精後3時間(3hpf)以内のゼブラ受精卵に暴露し、暴露後経時的にゼブラ胚の死亡率および実体顕微鏡および光学顕微鏡を用いて形態学的変化を観察する。特に、特異的に現れた下顎の低形成を指標とし、生標本、軟骨染色標本および組織標本を顕微鏡にて観察し、計測形態学的にダイオキシンの下顎形成に対する影響を明らかにする。(2)Ah受容体およびエストロゲン受容体作動薬および遮断薬を同様に暴露し、ダイオキシンの催奇形性の発現メカニズムを明らかにする。(3)Wholemount in situ hybridization法(以下、In situ法)で下顎形成や頭部骨形成に関与すると考えられている蛋白分子のmRNA発現に対するダイオキシンの影響を空間的および定量的に観察する。1骨・軟骨形成に関与するbmp-2、4、2下顎など神経堤由来の組織に発現するdistal-less(dlx)やgoosecoidなどの発現に対する影響を観察する。

結果・成果

 ダイオキシンの毒性発現の分子機構を明らかにするために、ゼブラの下顎に対する催奇形性に焦点を絞り、その奇形発現機序を検討するために実験を行い、以下の結果を得た。

1ダイオキシン暴露群は濃度に依存して総死亡率の増加、死亡までの時間の短縮を示し、受精後10日でのLD50の値は0.3ppbであった。2ダイオキシン暴露により、心臓周囲、卵黄嚢、眼球周囲、胴体の各部位に浮腫が観察され、浮腫の発生率には濃度依存性が認められた。
3ゼブラフィッシュに対するダイオキシンの催奇形性は、下顎に強く現れ、ダイオキシンの濃度に依存して顕著な下顎発育抑制が認められた。4頭部の軟骨凝集の時期は対照群と差はなく48hpfからであり、96hpfの軟骨染色像では軟骨要素の数にも変化がなく、すべての軟骨の発育が一様に抑制されていた。5Ah受容体作動薬β-naphthoflavone暴露によってダイオキシン暴露とほぼ同様な毒性の発現がみられ、一方遮断薬α-naphthoflavoneはダイオキシンの毒性を抑制する作用がみられた。6エストロゲン受容体遮断薬tamoxifenまたはICIを高濃度暴露しても、ダイオキシンに特徴的な毒性症状は全く観察されなかった。7ゼブラフィッシュの下顎に発現することが知られている遺伝子dlx-2,3,4、zbmp-2,4、goosecoidの経時的発現を観察したが、下顎の発達抑制に先立つ発現の変化は観察されなかった。8ダイオキシン暴露群においてすべての毒性症状の発現に先立って、後主静脈での血流の遅延が観察された。血流の遅延は他の異常がほとんどみられない濃度でもみられた。
 以上の結果より、ダイオキシンはゼブラ胚に強力な致死作用および催奇形性を持つことが示された。また、下顎の低形成はAh受容体を介していることが示唆された。下顎の低形成の原因は、ダイオキシンによる頭部神経堤細胞に対する影響、軟骨の凝集および形態形成に対する影響および下顎の発達に関与する遺伝子の発現に対する影響ではなく、心血管系にまず毒性症状が現れ、それによって発生した血流の遅延などにより全身的に発育阻害が起こり、その後急速に発達する下顎に見かけ上、特に強く影響が現れたためと考えられる。

今後の展望

 近年、社会的に問題となってきている内分泌攪乱物質、いわゆる環境ホルモンが、我々ヒトを含めてた生物に対してどの様な毒性を持っているのかを調べることは緊急の課題となってきている。特にダイオキシンの毒性を研究する際、使用する実験動物、使用する実験系、評価系の選択が重要である。発生に関与する遺伝子の多くは、ショウジョウバエからヒトまで相同なものが保存されていることが明らかにされてきており、今回用いたゼブラフィッシュからもヒトと共通の多くの遺伝子がクローニングされている。今回のゼブラフィッシュの下顎を用いた評価モデルを他の環境汚染物質に対しても有効に利用できるものと思われる。