マンガン酸化菌を含む土壌によるバイオレメディエーション

笹木圭子(小樽商科大学環境科学/助教授)
黒沢邦彦(北海道立地質研究所総務部/企画情報課長)


背景・目的

 北海道には、数十カ所の休廃止鉱山を有しており、なかでも本道に特徴的な「稲倉石型マンガン鉱床」は比較的溶けやすい菱マンガン鉱を主要構成鉱物とし、坑廃水に排水基準を上回るマンガンが含まれることがある。この坑廃水の処理には、アルカリ剤により水質をpH9以上にして二酸化マンガンとして沈殿させ、次に酸によって中性に戻すという複雑な工程と高いコストがかけられている。本研究では、道内の稲倉石型マンガン鉱床の影響を受けた地域の環境調査を行い、pH 7付近でマンガンを酸化する微生物の生態を調べ、この微生物機能を効果的に発現できる条件を明らかにし、微生物による環境自浄作用(Bioremediation)を行うことを目指している。

内容・方法

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まず、北海道内の稲倉石型マンガン鉱床の影響を受けた地域のうち、研究の対象となるようなフィールドの選定を行う。対象フィールドの水質や土壌の分析を定期的に行い、水質(pH,Fe,Mn,水温、電気伝導度、酸化還元電位)とマンガンの析出が起こる地域の関係、化学成分や流速の季節変動を明らかにする。マンガンがとくに濃集している場所から土壌をサンプリングする。
2採取した土壌試料にマンガンを酸化する機能を持つ微生物が含まれているかどうかを室内実験(培養)によって調べる。含まれている場合には、マンガンの酸化が促進される要因(pH,温度、溶存酸素濃度、有機炭素源、塩濃度、重金属耐性)を調べる。その菌を土壌微生物学的手法により分離し、マンガン酸化菌の機能に関して定量的な取り扱いを進める。
3マンガン酸化菌がつくるマンガン堆積物のキャラクタリゼーション(化学形態、結晶状態、不純物の混入状態など)を走査電子顕微鏡(SEM)、X線回折法(XRD)、X線光電子分光法(XPS)、電子プローブマイクロアナリシス(EPMA)によって行う。
4マンガン資源のリサイクルの可能性を調べるために、マンガン酸化菌によるマンガン堆積物からマンガンを回収するシステムの技術的検討を行う。
5休廃止鉱山環境において、マンガン酸化菌によるバイオレメディーションが行われた例はほとんどなく、北海道の稲倉石型マンガン鉱床がかって全国の80%以上を採掘していた時期もあるという地域的特徴から、北海道においてマンガン酸化菌が生息する土壌があることを明らかに示し、環境浄化に応用することが可能であれば、先駆的な例となる。

結果・成果

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北海道内の稲倉石型マンガン鉱床の影響を受けた地域のうち、八雲鉱山、上国鉱山、駒ノ湯温泉を研究対象フィールドとして選定した。八雲鉱山と上国鉱山はいずれも鉱廃水中のマンガン濃度が基準値よりも高く、上国鉱山では水処理が行われている。いずれの対象フィールドの水質も、融雪期においてマンガン濃度がとくに上昇し、水量も多くなることがわかった。
2駒ノ湯温泉湧水口では、マンガン堆積物がとくに濃集している場所があり、そこから土壌をサンプリングし、実験室でマンガン酸化菌用の培地で培養試験をしたところ、採取した土壌試料中にマンガンを酸化する機能を持つ微生物が含まれていることが明らかであった。
3マンガン酸化菌がつくるマンガン堆積物のキャラクタリゼーションを蛍光X線分析(XRF)、X線回折法(XRD)、X線光電子分光法(XPS)により行ったところ、大部分は結晶性に乏しい、マンガン酸化物(Mn(3,4)oxides)であり、一部buserite(Na4 Mn14 O27・21H2 O)に近いものが形成されていると推定された。
4駒ノ湯温泉湧水口由来のマンガン堆積物によって、上国鉱山鉱廃水を実験室的に処理したところ、溶存マンガンは24時間以内にほぼ完全に除去された。これは、マンガン堆積物に含まれるマンガン酸化菌による生物学的効果とマンガン堆積物自身にマンガンイオンが吸着する化学的効果とが複合したものによると考えられる。

今後の展望

 坑廃水や温泉水から微生物によるマンガンの沈殿機構が解明されれば、微生物による環境の自浄作用を促進することにより、従来の煩雑な水処理プロセスを回避し、廃水処理費を軽減できることが期待される。とくに温泉は生活に密着した環境であることから、より安全な温泉水を提供することは付近の温泉を利用する市民の生活に対する影響のみならず、北海道の観光産業を保護する効果もある。さらには、高品位マンガンが回収できるとすれば、製鋼用合金鉄、乾電池材料、窯業原料、および薬品添加物などの用途に向けて資源を提供する可能性をも含んでいる。