網膜色素変性症の蛋白質レベルにおける発症機序の解明

大黒浩(札幌医科大学医学部/講師)


背景・目的

 網膜色素変性は遺伝疾患であるが、後天的に悪性腫瘍に随伴し、自己免疫機序で網膜色素変性と類似の網膜絡膜変性を来す悪性腫瘍随伴網膜症が知られている。これには肺癌などに随伴するCAR(Cancer-associated retinopathy)と悪性黒色腫に随伴するMAR(Melanoma-associated retionpathy)の2種類が知られている。これらの網膜症の発症には、網膜に対する自己抗体の関与が示唆される。そこで今回CARの網膜自己抗原の検索を中心に蛋白質レベルでの病態生理の解明と網膜色素変性のモデル動物であるRCSラットの網膜変性の蛋白質レベルでの分子病態の解明について検討することを目的とした。

内容・方法

1)本邦における悪性腫瘍随伴網膜症患者に認められる自己抗体の特徴

1−1)本邦のCAR患者血清中に存在する抗網膜抗体の認識する抗原をwestern blot法により検討する。方法;牛網膜可溶性および膜画分をSDS電気泳動したものをPDGF膜に転写し、スキンミルクでblockingをした後に患者血清およびHRP標識抗ヒトIgGをそれぞれ1次および2次抗体として用いたwestern blotを行った。
1−2)牛網膜を用いて自己抗原の精製し、蛋白質化学的手法により蛋白質の一次構造解析を行った。方法;CAR抗原を牛網膜可溶性画分からDEAE celluose columnを用いて部分精製し、western blot法で2次元電気泳動ゲル上に抗原蛋白質を固定する。その後抗原蛋白質のバンドを切り取り、Lys Cproteaseを用いたin geldigestionを行い、消化ペプチドをHPLC逆送カラムで精製した。
2)RCSラットの網膜変性についての検討
2−1)生後3-9週のRCSラットの網膜を単離し、1)2次元電気泳動により網膜全体のマッピングを行いコントロールのそれと比較検討した。2)視細胞外節を精製し、そこに含まれる蛋白質を電気泳動的および各種抗体を用いたウエスタンブロット法により比較検討した。
2−2)上記により発見された異なる蛋白質の同定をin-gel digestion法により検討した。
2−3)上記により発見された異なる蛋白質のmRNAの発現レベルをRT-PCR法により検討した。

結果・成果

1)本邦による悪性腫瘍随伴網膜患者に認められる自己抗体の特徴
 本邦におけるCAR4症例について免疫生化学および組織化学的検討を行うことにより共通点または相違点を調べた。各症例の血清と網膜可溶性画分を用いたwesternblotでは、興味深いことに各症例でバンドの濃さに差は認められるもののすべての症例で分子量26kDaと70kDaの共通の成分が認められた。さらに牛網膜より精製したリカバリンを免役して作成した抗体の認識するバンドと比較したところ分子量26kDaと一致したためにこれがリカバリンであることが示された。したがって欧米では、分子量26kDa(リカバリン)が主なCAR抗原と考えられているが、本邦におけるCARの発症にはリカバリンに加え70kDaの両者が関与することが示唆された。
2)RCSラットの網膜変性の蛋白質レベルでの分子病態の解明
 今回RCラットの網膜変性の進行過程において網膜のどの蛋白質がどのように変化することを検討した。変性の中心である視細胞外節を精製し、そこに含まれる蛋白質をSDS電気泳動的と各種視興奮関連蛋白質に対する抗体を用いたウエスタンブロット法により比較検討した。そうしたところRCSラットのサンプルでは分子量22kDaおよび63kDaの蛋白質が特異的にコントロールのそれに比べて少ないことが判明した。これらの蛋白質の同定をin-gel digestion法により検討したところそれぞれα-crystallinおよびロドプシンキナーゼであることが判明した。

今後の展望

 今後さらに今回得られた知見を基に現在までに有効な治療法が無いとされている網膜色素変性症や癌関連網膜症の治療法の開発にとりくみたいと思います。