超音波を用いた肢体不自由者の姿勢動揺測定装置の試作

泉隆(北海道東海大学工学部電子情報工学科/助教授)


背景・目的

 交通事故などによって脊髄など中枢神経系を害すると受傷部位より下方の部位が麻痺することがある。また高齢者では加齢による足腰の衰えばかりでなく、脳血管障害による体の片側の麻痺に悩む人も多い。健常者は起立・歩行時には足腰からの感覚情報を利用して体のバランスをとっている。他方、高齢者や麻痺を持つ人達は下半身からの感覚が不完全なため、姿勢を維持するために目で足許を確かめなければならない。しかし、これでは不便である。人工的に姿勢の情報を検出し本人に教示する装置を用意すれば、リハビリテーションや日常生活で役立つであろう。

内容・方法

 上に述べたような起立歩行補助装置を実現するためには、次の3つの技術について研究開発を行わなければならない。すなわち、(1)人の姿勢の計測技術、(2)姿勢動揺に関する情報の処理技術、(3)姿勢の状態を本人に呈示する技術である。本研究開発事業では(1)の「姿勢動揺に関する情報をどのように計測するか」という信号・情報計測に関するテーマに取り組んだ。これまで、健常人被験者に対して姿勢の動揺を生じたときの力学的な様態の計測、および、超音波素子を用いた距離の変化の実時間測定を行ってきた。これらの経験に基づき、本研究では、体の重心が存在する体幹部(腰部)と体重を支え姿勢を維持する足部の間の相対的な位置関係を超音波ビームを利用して測定する方式を提案した。姿勢の変化に応じて腰部と足部の位置関係は刻々と変化するため、ビームの時間的な特性とビームの送信および受信素子の配置について検討を行ない装置を試作した。

結果・成果

3ー1.超音波ビームによる姿勢動揺の測定原理

 超音波は光や赤外線など電磁波と比較して伝搬速度は遅い(約340c/s)が、波長が1bに満たない程度(周波数40kHzの場合)であるため、距離測定でセンチメートル程度の測定精度が要求される場合には適切な媒体である。このため自動車の車庫入れ時の後方確認センサなどに利用されている。他方でヒトの起立・歩行時の姿勢の動揺は無意識の内にも1〜2b程度生じ、これが10b程度になると平衡が維持できずに転倒の危険が生じる。健常者は姿勢の動揺に関する情報を体性感覚を通じて知覚できるが、下肢麻痺者ではこれを感じることができないため目視によって姿勢の安定を確認している。本研究では、超音波発信素子を体幹部の重心近辺に、受信素子を両足に装着し、重心と足との間の距離を測定して、前後・左右のどちらにどの程度姿勢が移動しているかを実時間で本人に伝達する方式を提案した。
3ー2.姿勢動揺の実時間測定用試作装置
 超音波は40kHzの連続波を用いた。複数個の受信素子で同時に受信した波形の位相差から、送信素子(重心)から受信素子(足)までの距離の差を計測する。姿勢の変化によって腰部が水平方向に移動すると受信波形の位相には数波長分のずれが生じる。これを位相比較器で検出し、ずれた波長の数を姿勢の動揺の大きさとして整数値で表現した。これは、姿勢がどの程度動揺しているかを装置の使用者にわかりやすく呈示するために有効な方法である。今回の試作装置では、発光ダイオードを16個並べ、姿勢の一方向への揺れの大きさを点灯するダイオードに対応させて表示した。
3ー3.試作装置の特性
 日本人の平均的な体格に合わせて送信素子を重心位置(腰部)に、受信素子を足にそれぞれ対応する位置に設置して、送信素子を様々に動かして姿勢動揺を模擬した。このときの試作装置の出力指示と実際の送信素子の位置の関係を測定した。超音波に関する条件が一定であると仮定した場合の理論的な計算値、別途精密な装置によって測定した超音波素子の位置データ、および実際的な条件における本装置による出力指示とを比較した。これより、理論値と精密な測定値と本装置の指示との間に大きな差違がないことが示された。同時に、リハビリテーションの現場で要求される1cm程度の測定精度とデータの再現性が本装置によって満足されることを確認した。また、腰部が水平方向に移動した場合に対応して、送信素子が両足の中間から隅に移動するにしたがって、姿勢動揺の大きさの表示が安定な段階から危険な段階へと切り替わるような簡単でわかりやすい呈示方法の有用性が示された。

今後の展望

 今日の社会では健常者と共に多数の起立歩行障害者が暮している。彼らの生活の質を高め、自立を支援するための一助として、姿勢が安定かどうかを本人に伝える自立歩行補助感覚フィードバック装置の有効性を、実際に脊髄損傷による下肢麻痺者や高齢者の歩行補助などに臨床的に応用して確認したい。また、本研究では姿勢動揺の測定系の開発を行ったが、今後はこれ以外にも、姿勢動揺に関する情報の処理技術と姿勢の状態を本人に呈示する技術について研究を継続する予定である。