糖尿病腎症における尿中インスリン様成長因子結合蛋白の意義

品田雅博(オースチン病院/医師)


背景・目的

 糖尿病性腎症は、今やわが国の全透析患者の4分の1を占め、その進展阻止が急務の課題である。糖尿病性腎症初期の腎臓腫大にインスリン様成長因子-1(以下、IGF-1と略す)と呼ばれる生体内物質が一役かっており、これを調節するインスリン様成長因子結合タンパク-3(以下、IGFBP-3と略す)に着目した。最近、我々は変性したIGFBP-3が一部の糖尿病患者の尿中に検出されることを発見した。今回の目的は、腎腫大に関与しているIGFBP-3について、その変性の病的意義を明らかにし、腎症という深刻な合併症の進展阻止法が見いだせるかどうか検討することである。

内容・方法

 1)糖尿病性腎症の指標として日常臨床で広く使われている尿中微量アルブミン値を基準にして、外来通院中の糖尿病患者48名を3群に分けた。すなわち、糖尿病性腎症のみられない時期16名(正常アルブミン尿期)、糖尿病性腎症早期15名(微量アルブミン尿期)、さらに本来の糖尿病性腎症期17名(持続性蛋白尿期)に分類した。この人たちの尿と健康で性別を一致させた糖尿病、他の腎障害や高血圧のみられない人たち9名(女4名、男5名)の尿中IGFBP-3を比較した。すでに、対象となる方たちには了解を得ており、また、病院の倫理委員会の承認も受けた。尿は24時間蓄尿したものの一部を用いた。
 2)ウェスタンブロッテイング法:未還元処理の尿サンプルの蛋白成分を膜へ転写し、特異的なウサギ抗ヒトIGFBP-3抗体を用い転写膜上のIGFBP-3を検出した。
 3)プロテアーゼ活性測定:125I標識ヒトIGFBP-3に濃縮した尿を加え、37度で5時間反応後、電気泳動(SDS-PAGE)にて蛋白を分離する。乾燥させたゲルをマイナス80度にて高感度フィルムに感光させた。
 4)統計学的解析:ANOVAを用い、危険率5%以内を有意差ありと判定した。

結果・成果

 結果:正常アルブミン尿期の糖尿病者尿中IGFBP-3は、健常者尿と類似のパターンを示した。すなわち、分子量37-46kDa、30kDa、14-21kDaにIGFBP-3の主たるバンドを認めた。一方、微量アルブミン尿期と顕性蛋白尿期の尿は健常者ならびに正常アルブミン尿に比べて、明らかに分子量37-46kDaのIGFBP-3が減少し、14-21kDaバンドが増加していた。この理由を明らかにするため、各アルブミン尿期の糖尿病者尿のプロテアーゼ活性を測定したところ、健常者尿のプロテアーゼ活性は49±15%(平均±1標準偏差)、正常アルブミン尿期の糖尿病者尿では36±15%だった。一方、微量アルブミン尿期で78±25%、持続性蛋白尿期では85±23%と有意にプロテアーゼ活性が増加していた。(p<0.0001)。これらの結果は、本来型のIGFBP-3(分子量37-46kDa)は糖尿病性腎症尿で増加したプロテアーゼにより、変性型のIGFBP-3(14-21kDa)へ分解したことを意味する。さらに、プロテアーゼ阻害剤による、糖尿病患者の尿中プロテアーゼ活性の抑制効果を検討した結果、6サンプル中5サンプルの糖尿病患者尿で50U/pアプロチニン(セリンプロテアーゼ阻害剤)と5mMリュウ−ペプチン(セリン並びにチオールプロテアーゼ阻害剤)がIGFBP-3に対する尿中プロテアーゼ活性を阻害した。また、1例で5mM EDTA(2価陽イオン依存性プロテアーゼ阻害剤)によるプロテアーゼ活性の阻害効果が認められた。
 成果:糖尿病性腎症で増加したIGFBP-3に対する尿中プロテアーゼ活性が、治療により改善するかどうかを経時的に検討することで、いままで治療の効果判定が困難だった糖尿病性腎症に従来から用いられている治療法、たとえば高血圧に対する降圧剤療法、インスリンや経口血糖降下剤による血糖コントロール、低タンパク食による食事療法などの効果判定に利用できる可能性が出てきた。

今後の展望

 IGFBP-3は腎臓腫大作用を持つIGFの働きをおもに抑制する。このため、IGFBP-3が変性するとIGF-1の作用が増大し糖尿病性腎症の変化として知られている腎腫大につながる。今後、尿中IGFBP-3の異常が明らかな患者さんの尿を対象に、様々なプロテアーゼ阻害剤による尿中プロテアーゼ活性の抑制効果を実験室レベルで検討することで、新しい治療法を考案できる可能性