伊達市小学生における弗素洗口の抗齲蝕効果について

堅田進(堅田歯科医院/院長)


背景・目的

 全国的に小学生のう蝕は減少しているが、北海道の小学生のう蝕罹患率は全国平均を上まわるのが常であり、一歯科医として、この不名誉な結果を返上しようと願ってきた。伊達歯科医師協議会では伊達学校保健会と共に伊達市内の小学校に協力をはたらきかけ、昭和58年(1983年)より週一回のフッ素洗口を行った。すでに5000人以上がその恩恵をうけていると考えられる。これだけの規模の集団洗口例は北海道では珍しく、貴重なモデルケースであると考えられる。これらのデータを解析し、弗素洗口の効果について検討するのが今回の研究の目的である。

内容・方法

 伊達市では昭和54年に歯科医と学校保健担当の合同研修会をかわきりに、以後、関係者各位と連絡調整を行い、昭和58年より小学生を対象に弗素の洗口を開始した。その方法は、毎週1回、8時20分から8時35分の間、0.2%弗化ナトリウム10p水溶液で3分間ぶくぶくうがいを実施した。この洗口方法は、現在まで継続しており過去に変更はしていない。今回、伊達市小学児童の過去の歯科健診を集計し、弗素洗口の有効性を検証すべく以下の項目について、検討を行った。
1.昭和58年以前の伊達市小学生の歯科検診データからう触罹患率を求め、全国平均データと比較する。この結果より弗素使用前の伊達市の小学生の状態を把握する。
2.昭和58年以降の伊達市の小学生の歯科検診データからう触罹患率を求め、全国平均年次推移と比較検討する。
3.昭和58年以降のう触になった歯牙の部位について検討する。一般に弗素洗口は前歯に有効であるとされており、その相関性について検討する。
4.伊達市において弗素洗口率の高い小学校と低い小学校の罹患率を比較検討する。
5.以上の結果を、北海道内市町村の入手可能な歯科健診結果と比較検討し、弗素洗口が有効か否か検討する。

結果・成果

 始めに弗素洗口以前(昭和53年、1978年)と弗素洗口後(昭和63、1988年)の非う蝕健全者率、う蝕治療完了率、う蝕未処置者率を、伊達市の小学6年を対象に比較検討した。その結果、健全者率が1.6%から3.2%へ増加し、治療完了率が11.2%から19.8%に、また、未処置者率が87.2%から77%に減少した。これらの結果を、全国統計の存在するう蝕有病者率とDMF歯数について、小学6年生の年次平均推移を比較検討した。その結果、昭和53年頃は全国平均93.5%:伊達市平均98.7%と有病者率は全国平均より伊達市が高かったが、昭和62年(1987年)では全国92%:伊達94%とほぼ同じ有病者率になった。これは弗素洗口を始めた昭和58年時、低学年だった学童に、4年の時を経て効果が現われたと考えるのが妥当であろう。DMF歯数も同様に全国平均と比較したところ、平成元年(1988年)よりDMF歯数は全国平均と同じ水準まで低下し(全国4.25:伊達4.28)、平成2年以降は伊達市平均が全国平均を下回っていた。
 しかし、伊達市小学校間に弗素洗口率に差があるため、弗素洗口率の高いD小学校(洗口率平均92.1%)と低いDN小学校(洗口率平均74.2%)で、比較検討を行った。平成6年度における2校の小学校6年生の結果は、健全者率(D小10.8%:DN小5.7%)、処置完了者率(D小28.5%:DN小24%)、未処置者率(D小60.7%:DN小70.3%)で、すべて、弗素洗口率の高いD小学校のほうが良かった。この結果は、弗素洗口はう蝕の抑制のみならず、健康管理に対する意識を高め、結果的に児童、父兄がう蝕治療にも積極的になることを示していると考えられる。
 また平成4年(1992年)の伊達市の歯科検診結果を、沸素洗口を行っていない道央圏のU町と比較検討した。このU町の小学1年生の第二乳臼歯のう蝕罹患率は伊達市とほぼ同じ(伊達78.1%:U町76.9%)であり、対照としてふさわしいと考えられた。検討の結果、伊達市小学6年生は、すべての歯牙でう蝕罹患率が、U町の平均を下まわった。特に伊達市の児童は、前歯部のう蝕はきわめて少なく、右下顎中切歯のう蝕罹患率は0.001%、右上顎中切歯のう蝕罹患率は1%であった。それに比較してU町のう蝕罹患率はおのおの7.8%と7.9%で、伊達市と統計的に有意な差を認めた。
 尚、現在までに、沸素洗口によると思われる副作用および毒性障害は、伊達市では全く報告されていない。

今後の展望

 今回の結果より、小学校児童に対するフッ素洗口のう蝕予防に対する有効性はほぼ立証できたと考える。この方法は集団的予防効果をもたらすが、水道水の添加のような強制力をもたず個人に選択の余地があり、道内に広く浸透させることが可能であると考えられる。また、その選択の基準として、今回の研究は重要な資料となると思われる。今後もさらに検討を続ける所存である。